ランボー最後の戦場

c0154066_3313938.jpg朝から酷い二日酔いに苛まれていたのですが、同行者の一人ギャレンが仕事の後合流ということで、鑑賞がレイト(21時からの回)になったおけげで、体調も若干持ち直し、なんとか足を運べました。ホ。そんなわけで男子の義務とでも言うべき映画を観てきました。
ランボー 最後の戦場(原題:John Rambo)

《あらすじ》
俺、ジョン・ランボー。ミャンマーで迫害されているカレン族に人道支援を行うキリスト教系支援団が軍に拘束されたので、5人の傭兵と救出に向かってドンパチの挙句何人かを救出したけど、やっぱ民族浄化や戦争はヤだね!みんな、おうちに帰ろうぜ?(おしまい)


いやほんと、筋はこんだけなんですよ。「怒りの脱出」と「怒りのアフガン」から嘘臭い部分、余計なドラマを削ぎ落とし、徹底的にリアルな描写に拘ると、こういうストイックな映画になるのでしょう。
ストイックすぎて、一般のお客さんにはどうかな・・・と、心配してしまうほどに、ストイック。
所謂「ストーリー展開の妙」みたいなものも、この作品には皆無です。(まぁスライの映画にそういうのを求める人はいないか)
所謂「ヒロイズム」も(ないわけではないが)かなり希薄で、同種の映画で「ティアーズ・オブ・ザ・サン」がありますが、あの映画も結構ストイックな話ではあるけれど、それでも、「ティアーズ~」の方が、兵士たちが命令に背いて民間人を助けようとする過程とかは十分ドラマティックに盛り上げられていましたもんね。
あと、過剰にスライ自身をヨイショする「俺万歳」的な描写もありません。イコール、スーパーヒーロー映画でもありません。決して、ランボーがミャンマー軍事政権を打倒するようなスケールは、この映画にはありません。
そしてなにより・・・いやー・・・マジで切株映画でした。
わかりやすく言うと、全編が「プライベート・ライアン」を上回るグロ描写の嵐。
特に中盤のミャンマー軍によるカレン族の集落襲撃のシーンは、その行為自体の凄惨さ(撃ち殺される子供、レイプされる女性、逃げ惑う民間人への容赦ない銃撃etc)は、「プライベート~」同様の『ストップモーションじゃないのにやけに細部がハッキリ判別できる』撮影方法(アレどうやってるんでしょうね?)で、迫撃砲で粉微塵になる人体、銃撃で千切れかけた四肢等も克明に描写され、ただただひたすらに凄惨。

・・・こうして書くと、まるで非エンターテインメント作品みたいですね・・・しかし、私はDVD購入を即決するほどに気に入ってしまいました。
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では、感想の詳細は例によってネタバレを含むので追記にて。



まず傭兵たちの描写が素晴らしい。
彼らにはさしてドラマが用意されているわけでもないのに、ミャンマーの悲惨な現状への個々のリアクション、そして戦闘時の的確な行動によって、、そのディティールだけでキャラ立てが成功してしまっているのが、凄い。
前述の「ティアーズ~」は兵士にそれなりのドラマが用意されていたけれど、今、個々のメンバーの顔をまったく思い出せないのを考えると、実に本作の演出とシナリオが的確だったかが伺えます。

そして、後半の戦闘シーン。
ランボーは遠距離から機関砲を撃つだけで、戦場の中心での接近戦は傭兵たちにまかされてるのも、象徴的。
それが傭兵たちのキャラ立てに繋がるし、同時に、戦場全体を見下ろせるランボーの立ち位置は、仲間との交歓もなくただその凄惨かつ無情な光景に表情を歪めるランボーを印象的に浮かび上がらせ、ラストの決意に説得力を持たせている。

1作目のランボーの慟哭を思い出しつつ、その決意にたどり着いたランボーの懐かしい姿を観、ジェリー・ゴールド・スミス(今更ながらご冥福をお祈りいたします)の名曲「It's along road」を聴くと、ホント、いろんな意味で感無量です。

そういえばヒロインの扱いが面白かったなぁ。
ヒロイン的役割を、ヒロインの同僚である医師マイケルが果たしているんですよ。
それは、本作が筋だけ見ると「よくある娯楽戦争アクション」でありながら、ミャンマー軍による非道な行為と徹底的な戦争描写によって意図的にカタルシスを廃した作りの「徹底的な反戦映画」であるのと、同様のレトリックなのだろうと思うのだけど・・・う~ん、そこのところは再確認したいな。

そう、「反戦映画」なのだよね。そこが1作目への回帰であるのも嬉しい点でした。
「怒りの脱出」なんかを見て『あー俺もあそこで機関銃ぶっぱなしてぇ!』と思う人は結構いると思うんですよね。
でも、おそらく本作を見て、同様に『ミャンマーで~』と思う人は皆無でしょう。
(2作目で作品の趣旨を覆す『祖国のためならなんだってするぜ』発言をして顰蹙を買ったスライが、本作で『祖国のために殺さない』発言をするのは実に象徴的)
戦いの後、かつてのシリーズならカタルシスの余韻に浸るべきシーンで、そういう高揚感が一切ないんです。むしろそこにあるのはただただ、寂寥感。

じゃあ戦闘シーンはつまんないのか、というとさにあらず。
リアリティ溢れ(と、ミリオタでない私には見えましたw)、しかもスライ以外にも活躍の場が与えられた痛快な(そう、シーン単体だと素晴らしく痛快なのだ!)戦闘シーンが用意されています。

切株派には、そこらへんのスプラッター映画を数本合わせてもおよばない人体破壊描写のつるべ打ちに歓喜するでしょう。
勿論、拷問系映画のように「このゴアゴアな描写を観て!観て!」というような自己主張はないのですが、とにかく物量が凄いのでそれだけで圧倒されます。
まさに、切株の嵐。
そこは、ディヴィッド・マレルの原作小説「ひとりだけの軍隊」が凄まじい残酷描写で婉曲的に戦争の悲惨さを象徴していたのに対し、映画1作目は主人公の立ち位置をクリーンにするためか残酷描写を大幅カットし、ラストの告白でしか戦争を語れなかったことにちょっとガッカリした原作主義者の溜飲を大きく下げてくれてもいるのです。

なんだか脈絡なくだらだら語ってきましたが、ようするに本作のどこが気に入ったかと言うと、

シリーズの流れに目配せしつつ2、3作目へのアンチテーゼでありしかも原作のマインドを継承しつつも1作目から綺麗に繋がる着地点にピタリときめてくれたから。

スライってもしかしたら凄く才能のある映画作家なんじゃないかしら・・・と思ってしまった1本でした。
今度「ロッキー・ザ・ファイナル」も観なくちゃね。
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by rushiha666 | 2008-05-25 03:33 | 映画感想‐アクション‐
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