アイ・アム・レジェンド

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観てまいりました、ウィル・スミス版「アイ・アム・レジェンド(原題:I am legend)」

まず、これは私自身初めての経験だったのですが、ゾンビ映画でお約束のシチュエーション、「仲間のゾンビ化」
勿論「アイ~」のそれは厳密にはゾンビではありませんが、噛まれると(感染すると)理性のない凶暴な襲撃者になるという点では同義なので、ゾンビ化でとおさせていただきますが、そのシチュエーションで

私、初めて泣きました・・

そのシチュエーションの代表格であるロジャーの時も、他のどの作品の同様のシチュでも泣かなかったのですが、今回は駄目。
その決定的なシーンでは涙を溜めるくらいでなんとか頑張ったのですが、その後のCDショップのシーンでもう決壊。
涙ボロボロ流れるのを止めることができませんでした・・・

ただ、その後の展開は、ちょっと危惧が当たっちゃったかな、という感じです。
この作品、結構原作を改変してる部分はあるのですが、そこまでは上手く原作のマインドを保っていたと思います。
ただし、その後の展開で、決定的に原作と違う方向に舵きりをします。
ホントね、上記の涙ボロボロシーンまでなら

100点あげてもよかったのに。

「ラストを急遽撮りなおした」という情報から抱いていた懸念は、残念ながら現実のものになってしまいました・・・嗚呼、ホント残念。
ただ・・・

前半の涙ボロボロに至る個人的に100点あげてもいいシーンまでの展開は、私は劇場で観る価値があると思います。
おそらく私にとってナンバーワン・ゾンビ化シチュであり、おそらく何度観ても泣くでしょうから。

さて、ネタバレで書ける範囲はここまで。
以下、原作大好き者としてネタバレ上等の姿勢でブツブツ言わせていただきますよw
(長いよ。覚悟したまいw)



さて、設定の多少の改変ですが、これは仕方ないとは思います。

例えば、主人公を科学者に設定して、主人公がウィルスの解明に取り組むくだりの試行錯誤の短縮は、上映時間の限られた映画としては当然の成り行きでしょう。

吸血鬼(劇中ではダークシーカーズだっけ?)が日中も眠っておらず、日光の届かぬ暗闇なら元気に追ってくるとことかも、序盤のサム(超らぶワンコ♪)大ピンチのシーンや、中盤の、あのマネキントラップから涙ボロボロシーンに続く展開のサスペンスを高めるのに、上手く機能していると思う。
実際、中盤の涙ボロボロシーンは、原作における「時計のネジ巻き忘れて超ヤバイ事件」と「涙の野良わんこ事件」のマインドを融合させた、近年稀に見る神シーンだと思うし。

ただし!

(さて、この下で映画、原作双方のオチをバラすので、ここが最期の回避ポイントだぜ?オーライ?)









(よし、じゃぁ、いくぜ!)
後半に現れる生存者。
これが原作では女性一人なのに対し、映画版では親子(母&息子)です。
この変更は、原作読者へのひっかけだと、観た時私は思いました。
ぶっちゃけ、原作でのこの女性生存者は生きながら(人間の理性を保ちながら)吸血鬼化した人間で構成されたコミューンから派遣されたスパイなわけですが、

「一人なら吸血鬼のスパイの可能性もあるけど、二人(とくに子供には)その大任は無理なんじゃないか?」

・・・と、思わせるための、ひっかけなんじゃないかと期待したわけです。
そして、終盤その女性が神がかったことを口走り始めた時、私は期待を強めつつこう予想しました。

「そうか。原作では新種の吸血鬼達を新たな社会秩序として描いていたけれど、この映画ではむしろ新たな宗教的秩序として描くつもりなのでは」

・・・と。
だから、彼らから宗教的(伝説的、と言ってもいい)いろいろな要素・・・生前の信仰によって恐れる対象(十字架等の宗教的イコン)が違う等の特徴をスポイルし、科学的原因が生み出したナイトシーカーズ(吸血鬼ではなく、ね)に設定したのかな、と、勝手な期待をしたんですが・・・

今回の映画版が用意したラストは・・・

土壇場でネビル(主人公)はワクチンを完成し、親子にワクチンを託し(そう、宗教発言で怪しさをかもしておきながら、ただの人間だったのだ!)、彼らを逃がすため殺到するナイトシーカーズもろとも英雄的な自爆を遂げ・・・やがて後にワクチンを受け取った未感染の山村の生存者達の間で、彼は伝説的存在となる・・・というもの。

・・・こういう形での「伝説」の使い方を一番危惧していたんだけどね・・・

つーか、それじゃぁ「I am legend」じゃなくて「He was legend」じゃないのさ!

で、これまた私の勝手な予想ですが・・・この親子が人間になったのが、「ラストを急遽撮りなおした」せいだと思ってるんです。

だって、でないと中盤のマネキントラップに説明がつかないんですよ。
ナイトシーカーズの中に、理性を保ち頭の回る奴(奴等)がいなければ、あのトラップはじゃぁなんだったのか?
少なくとも劇中で描かれる奴等に、そんな知恵が回る様子は見受けられませんでした。
いや、確かに奴等の中にボス格がいるはいて、それっぽく目立ちはするんですが、ハッキリ言ってそこまでの説得力はありませんし、彼らの知性に対し主人公が考えを及ぼすシーンも皆無です。

それに、予告編にあったネビルがナイトシーカーズに囲まれるシークエンス。
あれが本編になかったのも、私に疑念を抱かせる一因です。
あれこそまさに、ついにマンションが襲撃され(そのシーン自体の迫力は凄かった)遂に包囲され絶体絶命の時、彼女が彼らを制止し、正体を明かした瞬間だったんじゃないかと。
そして、原作同様のラストに向かったんじゃないか・・・

勿論、そうでない可能性も高いですけどね。
そうであるには、あのままだとちょいと辻褄の合わない部分もあるし。
例えば、序盤の罠のシーンの例のボス格。
ゾンビ犬をけしかけるなど、どうも主人公を生かして捕らえようという気が感じられない、とか。
あと原作と違い、主人公は「吸血鬼狩り」をしてないので、彼らがネヴィルを恐れる理由がないんですよね・・・
主人公をワクチン研究の第一人者にしたもの、最初から「土壇場でワクチン完成」が予定されていたからかもしれないし。
だから、ラストはほんのちょっと変わっただけなのかもしれません。
そこらへんは、いずれ発売されるであろうDVDに期待ですね。
別エンディングが、どうか収録されますように・・・

それと、これは余禄に近いのですが、原作にあった、主人公が行政の命令で娘を望まぬ埋葬方法で葬ったシーンとか、社会が吸血病蔓延の影響で徐々におかしくなっていくところとか、観たかったかな。
ま、主人公が一般市民ではなくワクチン研究の第一人者=特権階級では、そんな展開になるわけもないんですが。
ただ、一瞬の事故で家族を失うのは、原作の悲壮感に比べると物足りないのも確か。

主人公がストレスから発作的な癇癪に見舞われるシーンがなかったのも、物足りなかったかな。
ま、ワンコという同居人がいればそうはならないか・・・
総じて、原作にあった凄まじいほどの孤独感を覚えないのは、やはりサム君がいるからですね。

でも、最初からサム君がいないと、中盤のあの名シーンは生まれないし・・・難しいなぁ。

そんなわけで、色々とりとめもなく語りましたが、く総評

惜しい。でも観るべき所はある。

う~ん、ホント惜しかった。
でも、これでマシスンの原作が復刊し、突出する見るべきシーンも観れたので、私個人は結構満足しています。
なにより、

サム君の可愛らしさは反則w

ま、だからこそ泣いちゃうんだけどね><
うー思い出しただけで泣ける。
あれを上回るゾンビ化シチュにはしばらく出会えない気がしますよ。
まぁ、単に私が、人間よりペットの死の方が悲しく感じるからってだけかもしれませんが。
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by rushiha666 | 2007-12-17 01:30 | 映画感想‐ホラー‐
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